代表の大山寛恭について|デジタルリンクス行政書士事務所

幼少期
幼少期

1959年、東京・大田区生まれ。一橋大学社会学部卒。

1983年、東京放送(現TBS)に入社。社会部記者として、教育、司法、運輸、さまざま疑惑取材を経験、その後政治部記者として国会・政党を担当し、報道特集ディレクターから編集長、番組プロデューサー、政治部長などを歴任。

記者時代
記者時代

また、デジタル戦略の取り組みも主導して初代インターネット編集長、さらに衛星放送事業会社へ出向し企業広報部長を務めるなど、メディア産業を多角的に経験。

CSR業務についても、教育・環境・国際の各分野における社会貢献活動の責任者として、TBSと社会をつなぐ実務に携わる。2025年退職。
在職中には、短編映像コンテスト「DigiCon6 ASIA」General Producerとして、アジアの若手映像クリエイターの発掘・育成にあたり、また、上智大学にて非常勤講師としてメディア論も担当、若い世代へのエールを。

2026年、行政書士資格を取得。報道で培った調査力・情報発信力と行政書士としての法的専門性を融合させ、千代田区平河町にデジタルリンクス行政書士事務所を開設。

趣味:スキューバダイビング

ごあいさつ

大山寛恭

私の人生を左右した本に「原爆体験記」がありました。中学生の夏休みに手に取った本には、原爆で顔がケロイド状に傷付いた少女の写真が最初に掲げられ、原爆の被害が生々しい体験談が綴られた本でした。戦争の実態を知り、日本が二度と戦争を起こさないためにどうすべきかと深く考えました。
TBSで記者となり、悲惨な事故や事件・災害で犠牲となった人々や、犯罪に手を染めた人々を目の当たりにし、誰もが幸せに暮らせる毎日を社会や政治がどう実現できるのかと考えながら歩んだ30年です。

法律は、その実現をめざす知恵ですが、誰もがその恩恵を受けている訳ではありません。急速に進むデジタル化も、恩恵から取り残される多くの高齢者や障がい者を生んでいるように思います。 制度や技術は整ってきているのに、使いこなせる人が限られている現実。こうした課題を解決するため、これまでどの事務所も提供できなかったサービスを「平和な暮らし」の実現の為にお届けしてまいります。これは第二の人生を歩む私の決意です。

――― 大山寛恭